バッハ :第11番 前奏曲とフーガ 第11番 前奏曲 BWV 880 ヘ長調

Bach, Johann Sebastian:Prelude und Fuge Nr.11 Prelude Nr.11 F-Dur

作品概要

楽曲ID:62188
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:曲集・小品集
著作権:パブリック・ドメイン

解説 (1)

演奏のヒント : 大井 和郎 (3084文字)

更新日:2018年3月12日
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第11番 ヘ長調

【プレリュード】  

多いところでは5声にまで厚くなるプレリュードです。このプレリュードだけでもとても大変な作業を強いられ、あらゆる箇所に細心の注意を払わなければなりません。このプレリュードのもう一つの特徴としては、ページ数で3ページ(ヘンレー版)、小節数で72小節分もある長いプレリュードに作られています。この手の長い曲は下手をするとかなり退屈に聞こえてしまいます。同じような曲では例えばシンフォニアの5番や9番のように、特に盛り上がる部分が突出しているわけでもなく、楽譜上、一見すると同じような進み方が延々と続くように見えます。  聴いていて長く感じる演奏というのは、奏者そのものが曲を良く理解していない場合に起こります。同じ分数でも長く感じる演奏と短く感じる演奏では、短く感じる演奏の方が優れています。奏者は音楽を分析し、きちんとしたクリアーな「形式を聴かせる」ように工夫をすると良いでしょう。

そうすることにより、聴いている方も長い曲とは感じなくなります。この手の曲の譜読みを終え、曲作りに入るとき、奏者は曲をいくつかに分割するとわかりやすくなります。仮にこの曲を3つに分けることにします。そうすると、1つめのセクションは16小節目までとします(厳密には17小節目の1拍目までです)。17小節目からは主題がC-durで始まりますね。次のセクションは17小節目から56小節目までとします。57小節目からは再びF-durに戻りますね。さて、勿論これは単なる一例に過ぎません。3つでは無く4つに分けても良いと思います。

4つに分ける場合は17-32小節、33-56小節、とします。勿論、これら以外の分け方でも構いませんが、一応この分け方を前提に説明をさせて頂きたいと思います。

1-17小節間を見たとき、何処の部分が最もテンションが高くなるかをまず見極めます。単純な方法としては、音が高くなる場所を探せば良いのですが、必ずしもそれが正しいとも限りません。例えばこの場合、右手の一番高い音はGで、これは1小節目と11小節目に登場します。しかしこの2つを比べた場合、1小節目のGは明らかに大人しい部分であることが解ります。そこで、この1小節目からのフレーズは何処まで続くか見てみましょう。

きりの良い場所は4小節目までになります。ここまでを1つとします。続いて5-6小節間、7-8小節間は2小節単位のシークエンスになります。5-6と7-8を比べた場合、和声的に5-6のほうがテンションが高く、7-8は解決的な部分ですので、5-6の方に音量を上げると良いでしょう。ここで5-6と7-8はどのように構成されているかを見てみましょう。例えば5小節目の音型をご覧ください。2小節目とよく似ていることが解ります。2小節目を3拍目から1拍目に向かって、右から左へ読むような部分が5小節目です。7小節目も同じですね、この2つのシークエンスは故に主題とは見なしません。

そうなってくると、1小節目の主題が次に出てくるのは9小節目であると考えます。9小節目の主題と1小節目の主題は明らかに、9小節目の方がテンションが高いですね。そしてそれは11小節目のGに向かうと考えたとき、この9-12小節間4小節間が、最も最初のセクションでテンションが高まる部分と考えます。さてでは、この4小節間は何処が最もテンションが高まる部分であるかは、奏者に考えを委ねます。10小節目1-2拍目の全音符の和音と考えても良いと思います。同小節3拍目は1-2小節目の解決和音ではありますが、11小節目に待っているGの事を鑑みたとき、果たしてこの解決をディミヌエンドにしてテンションを緩めてしまって良いものかどうかも考えなければならない事です。人によっては、11小節目が最も音量的に大きくなると言う人もいると思います。

バッハの音楽を作るとき、ダイナミックのレベルは、波線で言えばどちらかというとスムーズに進む場合が多くあります。それは徐々にクレシェンドであったり、徐々にディミニュエンドであったりして、ベートーヴェンのような突然のフォルテやピアノはあまり多くないかもしれません。しかし例外もあります。先ほど7-8のシークエンスは5-6ほど強くないという話をしましたね。結果、7-8小節間はpかもしれません。ところが、9小節目から大きくなるとなれば、subito的なダイナミックの急激な変化であり、これはあっても良いことであるとは思います。5-6よりも7-8が大きければ、スムーズに9小節目に入れるという話です。しかしここはそうではありません。そこでどうするかです。

英単語でignition(イグニッション)という言葉があります。これは、作動させる、始動させる、始める、といった初期段階の何かを意味します。例えば車のiginitionといえば、スターターを始動させる伴を差し込む部分のことを指します。この9小節目も実はイグニッションがあり、それが8小節目3拍目のヘ音記号、8分音符3つの、EsDCです。何故これが次の小節の始まりかというと、Esという音があるからです。様々な調でのシークエンスが最終的に10小節目でF-durに戻りますね。F-durという調にはEsは音階固有音として存在しません。故に、3拍目のEsDCは次の9小節目の主題の始まりということになり、ここ(8小節目3拍目裏拍)から音量を突然上げても不自然ではありません。是非お試しください。

13-16小節間、C-durに転調して落ち着く部分です。徐々にディミニュエンドで良いと思います。17小節目からは2つめのセクションがC-durで始まります。よく見ると、17-20小節間は、1-4小節間とほぼ同じであることがわかりますね。そして更に、21-24小節間の2つのシークエンスも5-8小節間のシークエンスと一致しますね。異なる部分は25小節目以降です。27-28は、25-26のシークエンスに変化します。1つめのセクションより、一層テンションが高くなると考えて良いと思います。

13-16小節間がC-durで落ち着くためのブリッジ的存在であったのに対し、29-32小節間はdmollを定着しようとしていることは確かなのですが、何か落ち着きがありません。16小節目がトニックで終わっているに対し、32小節目はドミナントで終わっていますね。このままでは済まない感じがします。

今終了した部分が4つにこの曲を分けたときの分岐点になる場所です。33小節目から新たにd-mollが始まりますので、ここを分岐点として考えることは理にかなっています。33小節目から8小節間(33-40小節間)は、1-8小節間や、17-24小節間と似ている部分がありますね。特に前半は似ていますが後半は2小節単位のシークエンスではありません。完全にd-mollを定着させてしまいます。そしてシークエンスは、41小節目から2小節単位で始まり、41-42、43-44、45-46、とどんどんテンションが上がります。

恐らくこのプレリュードでは、47小節から56小節目までが最もテンションの高まる部分であると思います。これらの小節をどのように演奏するかは奏者に委ねられますが、筆者の考えは55小節目に向かうべきと考えますので、55小節目に向かってそれなりの方向性を持たせると思います。

57小節目からは再びF-durの穏やかな主題が戻ってきてcodaを迎え、終わります。

執筆者: 大井 和郎
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