独奏クラヴィーア(鍵盤楽器)のためのソナタ(以下、独奏ソナタ)というジャンルは、クレメンティの創作活動の核となっていた、といっても過言ではない。1781年にソナタ作品2を出版してから1821年にソナタ作品50を出版するまでの40年間に、彼は全70の独奏ソナタ(ソナチネを含む)を出版している。
作品10は、クレメンティがヴィーンに滞在中に現地の出版社と契約を結び、1783年に出版されている。この時期は、ピアノが広く普及する以前だったために、楽譜の表紙には、「クラヴサンもしくはピアノフォルテのための」と記載されている。これはおそらく、作曲者クレメンティによる楽器指定というよりもむしろ、出版社による販売戦略の一つだと考えられる。
第1楽章
イ長調、2分の2拍子。二部形式。冒頭の右手の軽やかな旋律が主要なモチーフとなって、作品の随所に現れる。第一部後半では、冒頭の主題に基づく2つ目の主題がホ長調で現れる。第二部では一時的に属短調のホ短調になるが、その後すぐに冒頭の主題がハ長調で回帰する(47小節)。第二部後半では(65小節~)、第2主題が主調で戻ってくる。
29小節、71小節目の右手にみられる3度の重音は、1781年にヴィーンのヨーゼフ二世の御前での競演後にモーツァルトが父宛ての手紙で揶揄したように、クレメンティがしばしば初期ソナタに用いたパッセージの一つでもある。
単音や重音が主となっている愛らしい旋律と、両手の和音の重厚な響きのコントラストが見事であるが、これは、ピアノに比べて音の強弱のニュアンスがつけづらかったクラヴサン(ハープシコード/チェンバロ)での演奏を念頭に置いているとも考えられる。