第7番「エロイカ」
この曲の冒頭に書かれてある、Allegro deciso という言葉について理解することが大事です。decisoとは、「決然と」という意味がありますが、似たような言葉にresoluto という言葉があります。色々な考え方があると思いますが、筆者はdecisoを威厳の上での決然という捉え方をしています。
実はこの超絶技巧練習曲集の第3版が巷で演奏される版で、初版は特別な事情でもない限りは(コンクールなど)あまり演奏されないのですが、この第2版に関してはさらに演奏される機会がありません。初版のメロディーは第2版、第3版、に使われることになっていったのですが、冒頭の表示記号は、初版とそれ以降の版では異なる表示記号が書かれることがあります。しかし第2版と第3版はアイデアがほぼ同一のものと考えて間違いありません。
これら第2版、第3版の演奏において、最も重要なのは冒頭の表示記号かもしれません。現在第3版が世界中で演奏されていますが、学習者が実際のアイデアを間違って捉えている例も少なくありません。そしてこの「英雄的」もそのような意味では賛同することのできないアイデアで演奏されることもあります。ゆえに、Allegro decisoの理解が重要になってきます。
冒頭2小節間、激しいカデンツから始まり、マーキングはフォルテになっています。ところが3小節目に来るとテンポを変えたり、雰囲気をガラリと変える学習者がいます。テンポは勿論変えてはいけませんが、もっと問題は3小節目のムードです。奏者の理解から、ここはpで、「綺麗に弾かなければならない箇所」と考えてしまうのです。仮にここがpだとしても、テンポを変えず、緊張感を持続させ、柔らかい、ソフトな音を出してはいけません。ここを綺麗に弾かなければならない理由は何1つとしてありません。威厳を保ち、決然と3小節目を弾かなければなりません。また多少乱暴でも構いません。この「演奏のヒント」で幾度も述べていることでもありますが、人間の感情というのは、ある瞬間にガラリと変わるものではありません。必ず余韻が残ります。この3小節目も、1-2小節間の激しいカデンツの余韻を残さなければなりません。
筆者は実は、他のピアニストや学習者の演奏で、この第2版の7番を聴いたことが一度もないのですが、よりによってこの第2版を第3版と間違って選んでしまった不幸な学習者に対して、それから実際に第3版を勉強されている学習者に対してのアドヴァイスを行います(これは第2版の演奏のヒントになりますが、共通していますので第3版をお勉強している皆様にも役に立ちます)。 ここからは第2版のみの説明となります。
13小節目、stringendo molt が書かれており、15小節目、quasi presto と con forzaが書かれています。非常に激しい感情表現です。間違ってもルバートで8分音符を揺らすような演奏をしてはいけません。これがdecisoです。
29小節目、主題が始まります。書かれてあるのは、Tempo di marciaと un poco marcato il cantoです。マーキングはpですが、再度申し上げます。ここは柔らかな優しい部分ではありません。英雄的存在が何か大きな事を考えているように、政治的な会話をしているように、威厳をもって、そして決然と弾かなければなりません。pであっても緊張感を保ちます。この曲は後半に行くに従って、さらに激しさを増し、心理的にグイグイ圧迫されます。ミスタッチを恐れてテンポを下げたり、音量を下げてムードを変えたりせず、多少の傷があろうとも、勇気を出して技巧を演出してください。
主観的な話にはなりますが、参考になる音源としては、ラザールベルマンの音源が最も適しています。