<サッフォーの一節>
この曲で最も注意すべきことは、メロディーラインを常にはっきりと聴かせる事です。この曲は1つのテーマが変奏曲となり音数が増えていくのですが、あまりにもメロディー以外の音数が多く、その割にはメロディーラインはほぼ単旋律のまま進みます(中間部を除く)。つまり、メロディーラインが他の声部によって消されてしまいやすい曲です。
気をつける箇所を挙げていきましょう。3小節目2拍目のメロディーであるE、6小節目2拍目のeis と fis。11小節目1拍目のfis(和音の1番上の音になります)。13小節目2泊目、左手のメロディーラインのEとG。16小節目、2拍目のgis とcis。17小節目gis以外のすべてのメロディーライン。38小節目2拍目のE。41小節目の2拍目fis。47小節目1拍目のG等になります。
特に、38小節目の2拍目のEなどは、特別な部分練習をしないと上手く鳴ってくれません。どんな場合にもメロディーラインをはっきりと聴かせ、ぼやけないようにします。
さて、技術的な問題も起こってきます。おおよそ、12小節目以降の左手の和音を、右手を借りずして弾けるには、大巨人でなければ不可能であると思います。ここがまたアレンスキーの書法の特徴でもあるのですが、多くの作曲家は弾き手の事を考えて楽譜を書きます。しかしアレンスキーの場合、弾き手の苦労など一切お構いなしに、頑なにポリフォニーの秩序を守ります。それが弾き手のみならず、音的に長7度になったり短9度になってクラッシュしたりしても全くお構いなしです。
12小節目以降の左手は、アルペジオでバラさずに、右手を借りて何とか一度に弾いてください。例えば15小節目の1拍目、左手最高音のfisは、右手で取ります。2拍目も同様です。 ペダリングで注意する箇所が1箇所あります。22小節目は1拍目の裏拍でh-mollの主和音になりますが、ここでペダルを変えると、その前に書かれてあるベースであるオクターブのhを失います。かといって、オクターブのhをペダルで残せば、今度は主和音が、前の属7と混ざって濁ります。そこで、左手が主和音を弾いたと同時に、その和音を指で伸ばし、「2拍目に入ったところで」ペダルをハーフで変えます。それまでは指でしっかり押さえておいてください。このペダリングにすれば、1拍目の主和音はしっかりと2拍目にも残り、かつ、ハーフですので、低音のhのオクターブもかすかに残すことができます。
このペダリングは2拍目まではペダルを変えないのですから、結局1拍目の裏拍の最後は当然属7と混ざることになります。しかしそれは一瞬です。それでもオクターブのhが一瞬にして消えるよりはよほどマシです。試してみてください。 他の、ペダルまたは伸ばす音で注意する箇所が数箇所あります。例えば4小節目。1拍目はDFis Aの和音ですから、ペダルを踏みっぱなしにして、バスと内声ののDAFisAをその拍内ペダルで残すようにしてください。メロディーラインのFisが来た途端にバスと内声が切れてしまうのは不自然です。しかしながら4小節目2拍目を踏みっぱなしにすると、メロディーラインのCisとDが混ざって濁ります。指でCisを伸ばしDに繋ぎますが、このとき、16部音符のDAisEGは指で残しておいた上でペダルを変えます。結果、メロディーラインが濁ることなく、内声を残すことができます。このような箇所が多くありますので、今のテクニックを使って内声をブッツリと切ることのないようにしてください。
この曲の音楽的側面で注意することは、アレンスキーの、酒やギャンブルに溺れ、若くして亡くなっていった彼の壮絶な人生と、雪国独特の厳寒な寂しさを想像し、その気持ちになって演奏することです。彼の寂しさ、悲しみがとても良くわかる作品です。