技術的な注意点:
このソナタの第1楽章は、多くの版によって音符の書き方が異なります。どの版を選んで弾くかで難易度が異なってきます。詰まるところトリルの話になります。1拍に32分音符の速さのトリルを7つ、もしくは8つも入れなければならない版もあり、その版を選んだ生徒はその分の負担がおおきくなります。
このソナタのトリルは実に様々な演奏方法があり、楽な奏法もあれば過酷な奏法もあります。過酷な奏法とは、トリルの数が多かったり、音の種類が多い場合です(2つの音だけではなく、3つの音の間を行き来するようなトリル)。
担当の先生方は、この第1楽章を選ぶにあたり、生徒さんの技量を考え、版を選んでください。楽なトリルは,例えばコンクールなどで減点の対象には決してならないと筆者は考えますが、困難なトリルをさらりと弾いてしまう他のコンテスタントと比べられた場合、もしかしたらそちらによりよい点を付ける審査員の先生もいるかもしれません。この辺の判断が難しいのですが、基本的に、3つの演奏法があるとします。
1. 速いテンポで正確にトリルを入れる
2. 速いテンポでもトリルの箇所だけ少しテンポが遅くなる
3. トリルを正確に弾くために全体のテンポを遅くする
ネットでの動画も実に様々な演奏法が載せられており、主観的ではありますが、筆者の個人的な意見を言わせて頂ければ、上記3つのケースの場合、3は御法度です。ハイドンのスタイルは軽やかで楽天的でなければなりません。重たい、引きずったような演奏は避けます。故に3を避けます。
勿論1が理想ですが、2でも、それほど気にならない演奏もありますので、これも「あり」かと思います。担当の先生は、生徒さんに無理の無いように、テンポを設定してあげてください。あまりにも全体のテンポが遅くなるようでしたら、簡単なトリルのヴァージョンを選んで、テンポを快い速度にあげて下さい。
1のような演奏を可能にするためには日頃の訓練が相当必要になり、弾けない場合、すぐに何らかのインスタントな練習方法で直せるものではありません。ハノンなどによって長期間に作られる基礎的な筋力が必要になるからです。また、指の形が出来ていない学習者(第1関節が反り返ってしまう学習者)に取って、これらのトリルを均一に粒をそろえて演奏することは不可能に等しいです。
1つのエクササイズですが、16小節目を例に取ります。Hの上に書かれてあるトリルは、CisとHのトリルと理解し、指番号は最も動かしやすい、2-3で弾くことにします。練習方法として、1の指をAに置き、4の指をD、5の指をEに置いておき、これら3つの音はそこから離さないようにします。その上で、2ー3のトリルを3分以上、止まらずに弾いてみて下さい。弾きづらい場合はテンポを落としても構いません。この練習方法のあと、1,4,5の指を外し、普通に2-3のトリルを弾いたとき、明らかに楽になっていると感じたのであれば、この練習方法は有効かも知れません。
ハイドンのスタイルに関する注意点:
さてここからは、前述した技術が克服出来た事を前提としてお話しいたします。
ハイドンの音楽は、基本的に楽天的でなければなりません。全てが楽天的で、深刻な描写はないと思って下さい。故に、「しかめっ面」をして演奏するのではなく、むしろニコニコしながら演奏することが望ましいのです。とは言っても実際にニコニコしながら演奏するのは難しいかも知れませんので、少なくともそのような楽しい感情で弾くことを念頭に置いてください。とても大切なことです。
ハイドンの音楽に重たさは御法度です。軽やかなタッチで軽やかに流れることが重要です。故に、アーティキュレーションには充分注意します。スタッカートは決して重たくならないように、短いスタッカートが不可欠です。しかしだからといって、音が華奢になってしまってもいけません。音が抜けそうになったり、抜けなくても華奢に感じる場合は、フォルテで、スタッカートを除いてその部分を練習します。そうしておけば、スタッカートを弾いたときも芯のある音が出ます(pやppであろうとも)。このソナタの第1楽章は「ディベルティメント」です。楽しく弾きましょう。