作品概要
解説 (2)
解説 : 林川 崇
(1622 文字)
更新日:2019年1月31日
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解説 : 林川 崇 (1622 文字)
《3つのノクターン》作品15
この3曲のノクターンのうち、第1番と第2番は1831年又は32年に、第3番は1833年に作曲された。楽譜は、パリ(M. Schlesinger, 1833)、ライプツィヒ(Breitkopf und Härtel, 1834)、ロンドン(Wessel, 1834)で初めて出版された。この曲を献呈されたドイツ人0005ピアニスト兼作曲家フェルディナント・ヒラー(1811-1885)は、ショパンの信頼する数少ない音楽家で親友の一人で、演奏会で共演もしている。あまり知られていないが、ショパンの《練習曲》作品10のイギリス初版表紙の献辞には、リストとならんでヒラーの名前が記載されており、1830年代のショパンの取り巻きのなかでは特に重要な人物である。
Nocturne Op.15 No.3
ショパンのノクターンの中でも異色の1曲で、歌唱的な部分(第1~88小節, 以下A)-コラール風の部分(第89~120小節, 以下B)-マズルカ風の部分(第121~152小節, 以下C)の3セクションからなる。Aでは旋律が常にト短調で提示され冒頭に提示される12小節の旋律が、リズム、伴奏の和声を微妙に変化させながら4回現れる。そのあとに転調域が続くが、ここでは曲冒頭の2小節および第7~第8小節に現れる2種類のリズム動機(譜例1)を利用しながら嬰ヘ長調などの遠隔調に転調する。
譜例1 冒頭8小節
こうした執拗な反復は、どこかショパンと同年生まれのシューマンを想起させる。事実、シューマンは、この曲を気に入り、これに基づく変奏曲を作ろうとした(但し、第3変奏の途中までしか完成されなかった)。
第77小節でクライマックスに達すると半音階的和声の連続と冒頭動機が交替しながら音域を一気に下げ、低音のCisに至り、これが単音で連打される。
譜例2 Cisの反復とコラールの出だし
このCisは、主音のGと増4度の関係にある。西洋芸術音楽の文脈において、増4度は古くから悪魔の音程として忌み嫌われてきた。Cis音は、すでに63小節からバスのペダル音として何度も打ち鳴らされ強調されている。Cisに支配された25小節間(第63~87小節)の直後にreligioso(宗教的に)と指示された天上的なヘ長調コラールが来るのは、意味深長である。ここにみる邪悪さと救済をイメージさせる神聖性の対比は、恐らくショパンの周到な計算によるものであり、この解釈によって初めてなぜショパンがト短調から♯系の遠隔調に逸れていったのかが合理的に説明できる。cisを導く転調のセクションは、視覚的にもとげとげしい。♯の多い調に転じるにもかかわらず、調号を用いないのはそのような効果を狙っているからであろう。こうした視覚効果はバッハ、ヘンデルからハイドンに至るまで、ショパン以前の宗教曲などで用いられた一種の音画tone paintingという手法だが、ショパンはこれら「大作曲家」の作品にみられる伝統的な作曲技法を熟知していたのではないだろうか?
譜例3 Bに先立つ転調域の一節(第63小節目よりCisのペダル音が始まる)
コラールが終わると、突然、世俗の舞踊であるマズルカを想起させる部分に移行する(譜例4)。
譜例4 マズルカ風のセクション
天上から地上へと移行するこのセクションでは、両手のユニゾンとそれを取り巻く刻みの掛け合いが印象的である。テクニック的には、内声を指で押さえたまま(左手は親指だが、右手は中指または薬指で!)、刻みの和音をスタッカートで弾かなければならず、演奏は容易ではない(無論、当時のピアノにソステヌート・ペダルは装備されていなかった)。同じ形を繰り返しながら次第に音に気を下げ、ニ短調に落ち着くかと思わせておいたところで、曲は唐突にト短調のコラールになり、直ちに曲は閉じられる。この短いノクターンには、何か壮大なドラマが秘められているようである。
演奏のヒント : 大井 和郎
(1194 文字)
更新日:2018年3月12日
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演奏のヒント : 大井 和郎 (1194 文字)
第6番 Op.15-3 g-moll
これは周知の事実でありますが、このノクターンのLentoは実際のメトロノームなどのLentoとはかけ離れていることをまず分かっておきます。むしろ、スケルッツォのように、1小節を3拍子で数えることをせず、4小節を4拍子で数えるほうがLentoの理にかないます。著名なピアニストの演奏を動画などでご覧ください。大体のテンポが分かるはずです。
むしろある程度速いテンポでなければこのノクターンは中弛みします。ヒントとしては、例えば冒頭4小節目の右手Fが、3小節間タイで繋がれていたとしても、伸びている音が聴き続けられるテンポと考えればよいでしょう。
全体は大きく分けて2つの部分に分かれます。3つに分かれているのでは?という意見もあると思いますし、それもOKです。3つに分けるとすれば51小節目から新たなセクションとなり、89小節目においてまた新たなセクションとなりますね。これで3つに分かれますが、筆者は冒頭からのセクションと51小節目のセクションは同じものと考えています。それは左手の伴奏パターンが酷似しているからです。この伴奏パターンについて少しお話ししましょう。
ショパンが冒頭から89小節目に至るまでに書いている左手のパターンは、4分音符2つ+4分休符というパターンです。ショパンに限らず、仮にagitatoの雰囲気を作りたい場合、4分休符+4分音符2つにするとagitatoの雰囲気が出ます。これで弾いてみてください。落ち着かないですね。ですので、むしろ4分音符2つ+4分休符のほうがよほど安定はしているのですが、それでもまだなんとなく落ち着かないと感じるのは何故でしょうか?実はショパンは、和音のルートである根音をわざわざ2拍目に書いているのです。根音が1拍目であればとても落ち着きますが、2拍目に持ってこられると何故か不安定になります。
そしてショパンはこのパターンを一貫して使い通します。それは悩み事や苦しみが止まることなく続く様子を描写しているように感じないでしょうか?
そして2つに分けた場合のBセクションでは、雰囲気は一変し、これまでの不安定さはなくなるものの厳かな雰囲気に包まれますね。不思議なのは、ショパンがここで転調を避けていることで、F-durであることは明らかなのですが、調号を変えません。Eを♮にして-mollの中のF-durを貫き通します。
これら2つの対称的なセクションの音楽的な理解がこのノクターンを演奏するにあたり、重要なことであると筆者は考えるのですが、あえて具体例をあげないことにします。奏者は固定観念にとらわれることなく、自ら想像力を働かせ、この2つのセクションを演出してみてください。しかしながらどうしても大雑把に例える1つの例え方としては、「絶望とかすかな希望」と言ったところでしょうか。
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