マルモンテルは、今日19世紀におけるピアノ教育への影響力によって注目を集め始めているが、作曲家としての彼はほとんど無視されている。彼の作品はラヴィーナやプリューダンほど個人のスタイルが明確ではなく、ポロネーズ、ノクターン、マズルカなどを複数書いているので、ともするとショパンの二番煎じととられかねない。しかし、彼がピアノ教育におけるショパンの重要性とその「偉大さ」を生徒たちに伝えながらも、ショパンの影に圧せられることなく書いた200曲近くの作品は、作曲家としての自覚と自負がなければありえなかったであろう。事実、1860年代に生み出された《ヴェネツィア》、《涙―エレジー》作品53などを含む作品50番台の諸作品、および作品120番台の《鐘の伝説―6つの性格的小品》作品121、バロック舞曲の様式に霊感を受けた《12のバレエ曲―古風な様式の小品組曲》作品122では作曲家としての技量とピアノのメカニズムが見事に調和している。マルモンテルの作品では概してラヴィーナのようなシンフォニックな展開を特徴とせず、どこまでもピアニスティックで、曲想は劇的な色彩の変化を伴わず、少しずつその姿を変えながらよどみなく流れていく。《ヴェネツィア》作品51は三部形式で構成される。形式は下の様に図式化できる。
|| A (g) || B (G) || 経過部 (g) || A’ || Coda ||
主題部は舟歌に典型的なト短調で書かれ、ゆっくりと櫂をこぐようなリズムの伴奏に支えられる。中間部は同主調のト長調で書かれ、「櫂のリズム」は消え去り次第に内面表出へと移行する。B とA’ の間に位置する経過部ではなだれ落ちる音階で激情が露わになる。A’ で主題をほぼそのまま再現し、最後は舟が沈没するかとさえ思わせるg音の一撃で締めくくられる。