解説:舟山 太郎 (815文字)
更新日:2026年4月27日
解説:舟山 太郎 (815文字)
ウクライナ出身のソ連の指揮者、作曲家。1902年、ロシア帝国領ウクライナのキーウに生まれた。レニングラード音楽院(現在のリムスキー=コルサコフ記念国立サンクト・ペテルブルク音楽院)指揮科でニコライ・マルコに師事。同音楽院では作曲も学んだ。卒業後、1930年にレニングラードのボリショイ・ドラマ劇場(現在のトフストノーゴフ記念ボリショイ・ドラマ劇場)に入団し、当初は指揮者として活動した。
大祖国戦争の勃発にともない1941年8月にボリショイ・ドラマ劇場は約1100キロ離れたキーロフへ疎開した。疎開して間もない同年9月から公演を始め、同劇場はキーロフ市民から親しまれる存在となったが、一方で現地では新作劇のための作曲家の不足という問題も生じた。そのため1943年3月に初演されたアレクサンドル・グラトコフの戯曲による劇《遠い昔》ではリュバルスキーが劇音楽を作曲した。これ以降、指揮と並行して作・編曲も担当し、
《水差しを持った少女》(ロペ・デ・ベガ作、1949)、《2つの月曜日の思い出》(アーサー・ミラー作、1960)などの作曲、《吹雪》(ヴェラ・パノヴァ作、1957)、《5つの夜》(アレクサンドル・ヴォロージン作、1959)などの編曲を行った。晩年まで同劇場に従事し、主席指揮者および音楽部門長を務めた。リュバルスキーが指揮または作・編曲を担当した公演のいくつかは収録され、今日も聴くことができる。
劇音楽のほかに子ども向けのピアノ曲の創作にも力を注いだ。とりわけ有名な曲集は1949年にソ連の国営音楽出版社から出版された《ウクライナ民謡のテーマによるやさしい小品集》で、現在日本で出版されているリュバルスキーのピアノ曲の大半はこの曲集の収録曲である。この曲集以外のピアノ曲においても、ウクライナ、ロシア、東欧諸国の民謡や民俗舞曲の素材が頻繁に使用されている。1963年、レニングラードにて没。没年を1964年とする資料もある。

ステップレベル:導入3,基礎1,基礎2