2台ピアノ4手用のオリジナル作品。1973年1月9日、ミシガン州アナーバーにて完成。ピアノデュオの初期作品の一つ（有名な《レクエルドス》《エデンの園》はずっと後年の作）。セオドア・ジェイコブセンとその妻イヴリン（Theodor and Evelyn Jacobsen）への献呈。著名な天文学者ジェイコブセンは音楽への造詣も深く、ピアニストの妻と組んだ2台ピアノ演奏を得意とした。タイトルは「夕べの音楽」を意味するドイツ語。ナハトムジークとは異なり、夜の始まりの時間帯がイメージされる。4/4拍子、4分音符＝66〜72位、ゆったりとしずかに、十分ななめらかさと安らぎをもって（leisurely, calm, with great smoothness and repose）。全体に無調的で、両パートが不協和音を交互に、不規則的に、ひたすら重ね合うだけの曲。特殊奏法はなく、現代曲としてはいたって弾きやすい。同一の書法だけを押し通していながら、豊かな色調のパレットが、日没から鮮やかな残照を経て、墨を染め流すように刻々と色合いを変えていく世界を見事に描き出す。天文学に人生を捧げ、天体の神秘に挑み続けた友人は、同じほどの情熱でピアノデュオをも愛してやまぬ人であった。作曲者の身近にそんな稀有な友人がいためぐり合わせの妙。ボルコムがこの曲をジェイコブセン夫妻に書き贈った意味をよく噛みしめて演奏したい。