出版:Paris, J. Hamelle, 1878
献呈:Sa Majesté très fidèle Dom Louis 1er, Roi de Portugal et des Algarves
後期に書かれた3 作のソナチネの内、最初に出版された作品。時のポルトガル王に献呈。1875 年、ヘラーが長年に亘る支援者ウジェニー・フロベルヴィル(1795 ~1876)婦人に宛てた書簡には献呈の経緯が垣間見られる。それによると、ヘラーはリスボンのダ・トーレ伯爵から一通の手紙を受けた。伯爵はポルトガル王と親しい音楽愛好家で、分けてもヘラーの信奉者だった。そこでヘラーに勲章を授与すること王に進言したところ、直ちに承諾された。「棚ぼた式」の受勲に対する返礼としてこのソナチネがポルトガル王に献呈されたというわけである。
5 楽章からなる本作は18 世紀の形式を用いながらも、和声は19 世紀的な色彩を帯びている。この作品を5 楽章形式としたのは、メヌエットとスケルツォの双方を採用することで両者の様式の学習を促すためであろう。
第1 楽章 ポーコ・レント-アレグロ・ノン・トロッポ ハ長調
ソナタ形式の楽章。
- 提示部(22 ~96 小節):半音階的な序奏(1 ~21 小節)に続いてヘ長調で始まる提示部が導かれるが直ちに主調に移行する(26 小節)。主要主題は22 小節目から提示される。第1 主題は次の2 つの動機から成る。①主題1a( 22~ 25 小節右手)、② 46 小節目の左手に現れる同音連打の新しい動機(主題1b)。ト長調が確立される71 小節から右手の3 連音符による第2 主題が始まり、87 小節からコデッタが導かれる。ここで第2 主題部の2 つ目の動機、主題2b(87 ~88 小節、主題1a の変形)が導入される。
- 展開部(97 ~136 小節):118 小節目までは主題1a に基づいて展開される。119 ~120 小節で主題1b のリズムが2 度繰り返されたのち、125 小節目からは主題2b に基づいてハ長調に移行し、主題が回帰する。
- 再現部(137 ~200 小節):冒頭主題が、1 オクターヴ上で再提示される。主題1b の再現(159 小節)以降は第2 主題再現の開始(184 小節)まで提示部が4 度上の調でなぞられる。第2 主題が再現されたのち(184 ~200 小節)、コーダ(200 ~216 小節)で主題2b、主題2a が現れ曲は閉じられる。
第2 楽章 「アンダンティーノ」 センプリーチェ・コン・グラツィア ト長調
主題変奏を伴う弦楽四重奏風の緩徐楽章。三部形式。全体は次のように図式化される。A(1 ~12 小節)- B(13 ~28 小節)- A’(29 ~40 小節)- C(41 ~48 小節)- A”(49 ~60 小節)-コーダ(60 ~66 小節)。弦楽四重奏の編成に喩えるならA はヴァイオリンが、B はチェロが主要な旋律を担う。A’はA に第2 ヴァイオリンが加わった編成と見做すことができる。C は17 ~18 小節の3 連符の動機によりつつ、A の劇的な変奏A”への導入を形作る。擬古典的なA, A’, B に比べ、A”はロマンチックな様式に変化する。
第3 楽章 「スケルツォ」 ヴィヴァーチェ ホ短調
メンデルスゾーン風のスケルツォ。A( 1 ~ 58 小節)- A’( 59~120小節)- B( 121~234小節)- A”( 235~285小節) - コーダ(286 ~318 小節)の典型的な三部構成をとる。A とA’は転調が異なるだけでほぼ同様の小節構造をもつ。ホ長調による中間部B(トリオ)は空虚五度の土俗的な伴奏によって特徴付けられる。A”はA’とほぼ同じ形をとるが主調への指向が強く、286 小節以降のコーダはB とA の素材が順次用いられる。
第4 楽章 「メヌエット」 モデラート ホ短調
古典的メヌエットは通常複合3 部分形式で書かれるが、ヘラーは次の形式によっている。A(1 ~8 小節)- B(9 ~24 小節)- A’(25 ~32 小節)- B’(33 ~48 小節)- コーダ(49 ~58 小節)。A は模倣書法による反復される8 小節からなる。A 冒頭の付点リズムのモチーフを受けつつB ではユニゾンの分散和音を基調とする8 小節の主題が現れる。A をそのまま再現するA’に続いて、B’がイ短調で始まる。B’は拡大された後半部分(37 ~48 小節)で主調に回帰する。コーダではB のモチーフが右手に、A のモチーフが左手に現れ(49 ~52 小節)、二つを組み合わせることで全体がまとめられる。
第5 楽章 「フィナーレ」 アレグロ・コン・スピーリト
展開部のないソナタ形式とでも言うべき形式を取る。全体は大きく2 部分に分かれる。
- 第1 部(1 ~113 小節):第1 主題は①スタッカートの和音で提示される主題1a(1 ~24 小節)、②コラール風のパッセージとその変奏からなる8 小節の主題1b(25 ~32 小節)で構成される。推移部(33 ~56 小節)でト長調に転調するがカデンツを避けてホ短調の第2 主題(主題2a)に移行する。木管楽器のソロを思わせる第2 主題(57 ~72 小節)は73 小節目でト長調を確立する。だが、73 小節から始まるスケルツォーゾのセクション(主題2b)の後、フェルマータの大休止(97 小節)が置かれ、続いて主題1a による経過句が変イ長調で現れ第2 部の到来が予告される。
- 第2 部(114 ~228 小節):冒頭の主題1a’ (114 ~129 小節)は左手に8 分音符のモチーフが新たに加えられる。主題1b’(130~141 小節)が再現された後、推移部(142 ~165 小節)を経て主題2a’(166 ~181 小節)がイ短調で再現される。主題2b’(182~199 小節)でハ長調が確立され、フェルマータの大休止(204小節)と変イ長調の経過句を再び挟んで、再び主題1a が回帰するが(213 ~228 小節)、229 小節からコーダとなり華麗にソナチネを締めくくる。