出版: Paris, Simon Richault, 1859
献呈:Son frère Gustave Alkan
第1番 正確なテンポで 変ホ長調
一番下の弟で作曲家のギュスターヴ・アルカン(1827 ~?)に献呈されたメヌエット集。第1 番は古典的な様式のメヌエット。8小節単位の周期的な主題、主題モチーフに基づく展開がその印象を強めている。トリオの直前で規則的なフレーズを中断する小節が挿入される箇所(48 小節)では、言うべき事柄を話半ばで止めてしまうような修辞的効果がもたらされる。トリオには変イ短調の和音からホ長調への鮮やかな転調(85 小節)が見られる。続くセクション(85 ~ 94 小節)は短いながら主題の動機が濃密に組み合わされ、楽曲中最も緊張を孕む部分。
主題再現部冒頭(103 小節)には両手に対し“con 8va ad lib. (オクターヴを重ねて)”の指示がある。この解釈をめぐっては十分に議論の余地がある。既にオクターヴの音型が記されたパッセージに対し「オクターヴを重ねる」という指示は不自然だからである。この解釈について2つの可能性と解説者の立場を提示する。
解釈 1. 文字通り「演奏者のレベルに応じてこの箇所はオクターヴなしで演奏しても良い」と解する。
この解釈において、右手については110小節の重音を考慮すると最上声を取ることが妥当となる。しかしそれでは主題の線が余りに細く、左手の声部とも音が乖離しすぎるため主題回帰の効果として不十分である。また、演奏者のレベルを考慮するならば同じ曲集の第3番で両手にオクターヴの連続が現れる箇所にも同様の指示があって然るべきであるのに、それが無い。アルカンの作品全体を見ても、アルカンが演奏効果を犠牲にして簡易的な奏法の選択肢を提示することは極めて稀である。
解釈 2.“ con 8va ad lib.”を“All’8va ad lib.(記譜よりもオクターヴ高く/ 低く)”の誤記と解する。
アルカンが必ずしも“con 8va (coll’8va)”と“All’8va”を混同していなかったことは、これらの指示が同時に用いられる『ソナチネ』作品60(1861)の第2楽章の最後の5小節を見れば明らかである。しかし、151小節の指示“sempre l’8va ad lib.”では103小節と同じ内容を厳密に規定しようと思うならば本来“con”が繰り返されるべきだが、そうはなっていない。この点、本曲に関してはオクターヴに関する指示の厳密性は疑わしい。そこで、「任意に右手をオクターヴ高く、左手をオクターヴ低く」と解釈する可能性が生じる。実際、この方が主題回帰を強く印象づけられるという点で「解釈1」の欠点を補うに足る演奏効果がもたらされる。但し、任意のオクターヴ移高は103-110小節に限られる。この間の音域のみが1850年頃には既に登場していた7 オクターヴのピアノの音域に収まるからである。それでも、111小節に音域を戻した際、接続は至って自然である。同様に、151小節の “sempre l’8va ad lib.” がかかるのは154小節までと見るべきであろう。
以上の知見を踏まえて演奏家・作曲家との協議を経た結果、解説者は結論として解釈 2 を支持するに至ったが、実際に各自演奏されてこれらの解釈に関する議論を深めて頂きたい。