『即興曲集 第1集』作品32
この曲集はパリの出版者、モーリス・シュレジンガーが刊行していた音楽雑誌『ルヴュ・エ・ガゼット・ミュジカル』編集部がまとめた小品集2作に、それらとは別に書いた2つの小品を1作にまとめた4曲の小品集。1848年に曲集の体裁でブランデュ社から出版され番号付きの作品として整理された。4作はそれぞれ、〈ヴァゲッツァ〉(47年1月10号で初版告知)、〈友情-ピアノの為の練習曲〉(45年に作品番号なしで初版刊行)、〈ムーア風小幻想曲〉(47年5月16日発行第20号付録)、〈信仰〉と題される。
第1番「ヴァゲッツア」
出版: Brandus et Cie, 1847
本作は1848年ころに出版された4曲の小品集『即興曲集 第1集』からの抜粋。初版の表紙に印刷された出版社の住所は1848年時点の住所だが、フランスが定める法定納本の日付は1849年となっている。48年末の店舗移転のために納本が遅れたと見られる。
従って、『即興曲集』としての出版年は1848年~1849であるが、本曲はそれ以前に別の曲集で出版されている。その曲集は、47年1月音楽雑誌『ルヴュ・エ・ガゼット・ミュジカル』の編集部が出版した『ピアニストのアルバム』第1巻で、次の作品を収めている。
※作曲家とタイトル
Ch.-V. アルカン (1813-1888) ヴァゲッツァ
ステファン・ヘラー(1813-1888) 恋文―シューベルトのバラード
ショパン ノクターン [op.62-2]
F. リスト(1811-1886) アンダンテ・アモローソ [S.395]
エミール・プリューダン(1817-1863) 即興曲
エドゥアール・ヴォルフ (1816-1880) 性格的ポロネーズ
いずれも当時30代半ばの気鋭の音楽家たちである。ショパンは直近の1, 2年に作曲したノクターン、リストは33年に作曲し46年にミラノ、ウィーンで出版したばかりの《固定楽想:アンダンテ・アモローソ》をこのアルバムに提供した。プリューダンはアルカンの同僚であり、国際的な音楽家として既に名高く、ヴォルフはポーランドからウィーン経由でパリに来たショパンの後輩としてパリの主要な音楽家に数えられていた。39年以来、同雑誌の執筆者でもあったハンガリー出身のヘラーはシューマンの芸術上の盟友であり、他のピアニストたちより技巧的には控えめだが質の高い作品を発表し、愛好家から絶大な支持を受けていた。この燦然たる面々の中にアルカンの名前があることは、彼がフランスを代表する音楽家として出版者に作品の提供を依頼されたことを物語っている。
「ヴァゲッツァvaghezza」とは現代イタリア語で「曖昧さ」「ぼんやりした様」を意味するが、本来は人を惹きつける「そこはかとない魅力」の意味もあった。18、19世紀のフランスでは霧などのもやを描く表現手法を指す美術用語としても定着している(仏語ではvaguesse)。3連符の伴奏と2分割系のリズムの組み合わせが生み出す効果はこの「不定の魅力」というニュアンスを想起させなくもない。