渡部 賢士 :こわれたトランペット
Watanabe, Kenji:Broken Trumpet
演奏のヒント : 大井 和郎 (482文字)
この曲は、基本的に2小節単位で進みます。2小節毎に、トランペットとそれ以外の、伴奏でも、アンサンブルでも、返答でも何でも良いのですが、現時点では判りやすく「アンサンブル」としておきます。即ち、トランペットの部分は、1~2小節間、5~6小節間、13~14小節間、おまけで、17小節目 とします。それ以外はアンサンブルとします。この、トランペットとアンサンブルの掛け合いになります。
故に、トランペット部分、例えば1~2小節間の右手部分は、管楽器らしく、スタッカート、あるいはセミスタッカートにします。レガートでは弾きません。左手もスタッカートで大丈夫です。その次に、3~4小節間でアンサンブルが来る部分は、レガートで弾きます。このような、はっきりとした、アーティキュレーションのコントラストを取ることで、とても曲が判りやすくなり、今、どちらの演奏か(トランペットかアンサンブルか)、すぐ判りますね。
9~12小節間は、Bセクションと考えます。これはトランペットではなく、アンサンブルの部分と考えます。音質は軽やかに品良く、壊れたトランペットを描写させないように弾きます。
解説文 : 熊本 陵平 (1176文字)
(楽曲分析的解説)
二部形式
A[a(1から4小節)+a1(5から8小節)]
B[b(9から12小節)+a2(13から18小節)]
1から4小節が主題であるが、二つの性格の異なるモティーフによって構成されている。一つは1から2小節に見られるA♭とF♯の減3度(=長2度→不協和音程)が特徴的な調性感の薄いものと、それとは正反対に和声感のはっきりしている3から4小節の動きである。
この減3度音程は、一見すると唐突に現れ、標題通り調子外れのこわれたトランペットを思わせるものであるが、実は和声的に説明できなくはない。これはドッペルドミナントの第5音下方変位したものである。構成音が全て揃っていない状態で、第3音と下方変位された第5音しかなく、しかも通常のドッペルドミナントが使われる和声進行だとドッペルドミナントの後はドミナント和音が後続されるが、この場合Ⅰ主和音→ドッペルドミナントを反復していることもあって、調性感が弱くなっているのだ。
3から4小節と7から8小節は、調性は異なるが全く同じものである。但し、それだから全く同じように表現するのではなく、3から4小節は主調ハ長調、そこから7から8小節では属調ト長調へ部分転調されたわけであって、このように主調と属調を比較表現できる機会は実はあまりないため、平均律が主流の現在となっては主調と属調の違いを表現できる稀有な機会であろう。もっとも、調性の違いと言っても、バロック時代の不均等調律における明確な調性での性格の差というより、高低差による単純比較から得られる印象がその実態だと考えられる。
9小節からのb楽節からまた主調ハ長調に戻るわけだが、9から12小節は反復的要素が強いため、経過的な印象が強く、主題の展開のような濃厚な音楽表現よりもリズム良く進んでいく次のa2楽節への橋渡し的なものだと考えられる。
11から12小節は9から10小節の変奏であり、八分音符で非和声音(刺繍音)を含ませた、より動きのあるものとなっている。
13小節はドッペルドミナントではなく、属7和音が使われており、一瞬機能和声が感じられるところではあるが、これは故障しているトランペットが調子を取り戻したかのように思える箇所である。しかし14小節でまた第5音下方変位音を使った調子外れなドッペルドミナントに戻すことで状況描写がより濃く伝わってくる。このようなところも作曲者の丁寧な作り込みが伝わってくる、実に愉快な場面である。
16から18小節は4小節を拡大した動きである。17小節で現れるのは、ドッペルドミナントではなく、第5音下方変位音が含まれた固有和音の属7である。このような緊張感のあるドミナント和音がアクセントによって演奏された後、八分休符と二分休符によってパウゼがあり、バスで、主音のユニゾンが演奏されて終結となる。
【2024ピティナコンペ課題曲】こわれたトランペット
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