エロール 1791-1833 Hérold, (Louis Joseph) Ferdinand
解説:齊藤 紀子 (730文字)
更新日:2008年12月1日
解説:齊藤 紀子 (730文字)
1.学習・師事歴
アルザス地方出身のフランスの作曲家。C. P. E. バッハに学んだこともある父親から、音楽の手ほどきを受けた。父親もまた、ピアノや室内楽のためのソナタ等を作曲していた。その後、パンシオン・イクスを経て、パリ音楽院に入学。同校で、ピアノをルイ・アダン(その父親も作曲家のアドルフ・アダン)に、ヴァイオリンをルドルフ・クロイツェルに、和声をシャルル-シモン・カテルに師事した。エティエンヌ・メユールの作曲の講座も受講している。
2.訪れた地
1812年8月に、カンタータ《ヴァリエール公爵夫人》でローマ賞を受賞。しかし、父親と同様に結核にかかっていたため、ローマへの留学は中途で断念せざるを得なかった。ナポリに身を落ち着けた。その後、ローマを経てウィーンを訪れた。同地に約2ヶ月間滞在し、サリエーリやフンメルらと出会った。また、この間、モーツァルトのオペラを観に足を運んでいる。
3.作風・手法
オペラを数多く手がけた。なかでもオペラ・コミックに功績があり、成功を収めた作品は、最後の10年間に書かれたものが多い。なお、未完の《リュウドヴィク》は、ショパンの変奏曲のテーマとして選ばれている。
エロールは、舞台作品のほかに幻想曲やロンドといったピアノ作品も作曲した。オペラのアリアに基づく変奏曲もある。
4.作曲以外の活動
1812年4月に、イタリア座にて自作の《ピアノ協奏曲》を演奏している。イタリア、オーストリアから戻ったエロールは、イタリア座の伴奏者に就任。後に、同座に歌手を呼ぶため、イタリアを再び訪れて人選を行っている。
5.指導歴
ローマへの留学を志し半ばで断念したエロールは、ナポリに身を落ち着け、ナポリ王ジョアシャン・ミュラの娘たちに音楽を教えた。
作品(13)
ピアノ協奏曲(管弦楽とピアノ) (1)
協奏曲 (4)
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ピアノ独奏曲 (3)
リダクション/アレンジメント (6)
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