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三木 稔 1930-2011 Miki, Minoru

  • 解説:仲辻 真帆 (773文字)

  • 更新日:2018年4月24日
  • 徳島で1930(昭和5)年3月16日に生を受けた三木稔。高校生の頃は合唱活動に参加し、 20歳から本格的にピアノと和声を学ぶ。1951年に東京藝術大学音楽学部作曲科に入学し、池 内友次郎や伊福部昭に師事。ラジオ、テレビ、 映画の音楽を多く担当した後、邦楽界の活性化に寄与していった。

    1964年には邦楽器アンサンブルグループ「日 本音楽集団」を立ち上げ、20年にわたり音楽監督を務めるとともに、160回に及ぶ海外公演を実現させた。《古代舞曲によるパラフレーズ》 、《四群のための形象》 、《凸》 、《わ》 、《巨火(ほて)》といった邦楽器合奏作品を作曲し、1970年には4枚組レコード 『日本音楽集団による三木稔の音楽』 が芸術祭大賞を受賞した。1969年より二十絃箏(後に二十一絃となる)の楽器開発にも携わり、 新楽器を用いた作品を次々に作曲。1981年にゲヴァントハウス管弦楽団200周年記念委嘱作品《急の曲》を完成させ、《序の曲》、《破の曲》とあわせて《鳳凰三連》を発表する。1983 年、日本音楽集団と中央民族楽団の共演用に《彩虹序曲》を作曲し、10年後には、日本、中国、 韓国の民族楽器群による「オーケストラ・アジア」の旗揚げに至った。

    オペラの作曲も並行して進め、2010年の《幸せのパゴダ》により、5世紀から20世紀の日本史を展望するオペラ9連作を完成させる。初期三部作の《春琴抄》、《あだ》、《じょうるり》 がフィンランド、イギリス、アメリカ、ドイツ で上演され、国際的に高い評価を得た。他に、 欧米のレパートリーとして演奏頻度が極めて高い作品に《マリンバ・スピリチュアル》などがある。主要著書は『日本楽器法』。1994年に紫綬褒章、2000年に旭日小綬賞を受けた。2011 年12月8日永眠。没後に徳島県民栄誉賞がおくられた。

    執筆者: 仲辻 真帆
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    About composer : 仲辻 真帆 (2473文字)

    更新日:2018年4月24日
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    作品(1)

    ピアノ独奏曲 (1)

    バラード (1)