小倉 朗 1916-1990 Ogura, Roh
解説:須藤 英子 (749文字)
更新日:2018年4月20日
解説:須藤 英子 (749文字)
1916年、北九州市に生まれる。生後間もなく小倉家の養子となり、東京・鎌倉で育つ。6 歳より姉にピアノの手ほどき受けるとともに、 音楽好きの叔父の影響から、洋楽に親しむようになる。
15歳頃より深井史郎や菅原明朗に師事し、フランス流の楽典や和声を学ぶ。その後、池内 友次郎に和声や対位法を、またローゼンシュトックにベートーヴェン交響曲の指揮法を学ぶうちに、ドイツ古典音楽に傾倒。転調に基づく 論理的な音楽展開や、リズム、メロディ、ハーモニーの有機的な結合に主眼を置く。しかしその行き詰まりを感じ、それまでの古典主義的な作品のほとんどを破棄。
戦後はNHKの契約作曲家となり、多くの放送作品を手がける。一方で、バルトークの音楽に糸口を見出し、日本民謡やわらべうたを題材に用いて新境地を開拓。この時期の作品に、《管弦楽のための舞踊組曲》 (1951)や、《ほたるこい》で知られる《東北地方のわらべうたによる 9つの無伴奏女声合唱曲》(1958)などがある。
その作風は、颯爽とした躍動感あふれるリズムと、民族的感性に基づく調性感を特徴とする。ピアノ曲に、《2台のピアノのための舞踊組曲》(1953)、《ピアノのためのコンポジション I》 (1966)、《ピアノのためのコンポジション II》(1968)など。《コンポジション》シリーズ は、桐朋学園子供のための音楽教室編『こども のための現代ピアノ曲集』 (春秋社)に収められているが、どちらも小曲が集められた作品であり、特にリズムや輪唱を技法的に用いた曲には演奏の楽しみが詰まっている。
音楽作品のみならず、鋭い批判精神を持つ評論やエッセイ、絵画も発表。多方面に、その才能を発揮した。著書に『現代音楽を語る』、『日本の耳』など。1990年、74歳にて他界。
作品(20)
ピアノ独奏曲 (2)
性格小品 (17)
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