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チャベス 1899-1978 Chavez, Ramirez Carlos

  • 解説:齊藤 紀子 (1899文字)

  • 更新日:2008年12月1日
  • 1.学習・師事歴

    母方の祖父から、インディオの血を受け継いだチャベスは、幼くして父を亡くしている。音楽の手ほどきを兄から受けた。後に、アスンシオン・パーラ、マヌエル・ポンセ、ペドロ・ルイス・オガソンらに師事した。その多くが、ピアニストになることを目的とした指導であり、作曲の指導はほとんど受けていない。しかし、チャベスは、「名演奏家こそ最高の教師」と考え、師の作品の分析に精を出した。また、12歳の時に、エルネスト・ジローの著作を通じて管弦楽法を学び始め、16歳になると、フエンテスに和声を師事している。チャベスは、このフエンテスの指導により、「ドイツやフランスの(音楽の)学術書の煩雑で不必要な部分を見分けることができるようになった」と手紙に書き残している。

    2.文化との関わり

    チャベスは、幼い頃から休日にはトラスカラ地方へ出かけており、年を重ねてからも、プエブラやハリスコ、ナヤリー、ミチョアカン、グアナファト、オアハカ等の遺跡を何度も訪れている。

    このようなメキシコ・インディオの文化との関わりは、チャベスの初期の作品、とりわけバレー作品の《新しい火》や《4つの太陽伝説》にその痕跡を認めることができる。

    3.革命との関わり

    1910年に独裁者ディアスを追放し、火蓋を切ったメキシコ革命は、1921年のオブレゴン大統領就任に頂点がある。この革命政権は、芸術を保護・奨励して文化を大衆の手にも届けようとしていた。とりわけ、インディオ文化は、メキシコ土着の文化として重点が置かれ、なかでもスペイン人による征服以前の文化が重視された。これをインディへニスモと呼び、画家のディエゴ・リベーラ(1886-1957)と共に、チャベスが積極的に活動に取り組んだ。その意味で、チャベスの音楽活動はメキシコ革命と機を共にしていると言うことができる。

    記念すべき1921年、チャベスは自作のコンサートを催し、作曲家としての名を広めた。小・中・高等学校を開校し、精力的に芸術奨励政策を唱えた文部大臣ホセ・バスコンセーロス(1882-1959)と知り合ったのもこの頃のことである。また、その他の文化政策の関係者とも知り合い、芸術に関する政府の仕事にも携わるようになった。

    4.指導歴

    1928年、メキシコ国立音楽院の院長に任命された。同校のカリキュラムの根本的改革に取り組み、演奏会の組織、学生の演奏会ソリストへの起用、調査研究設備の整備も行った。

    1947年には、国立芸術院を開校し、1952年まで院長を務めた。

    ハーヴァード大学のチャールズ・エリオット・ノートン詩学教授に就任(1958-1958)。

    5.作曲以外の活動

    1924年、メキシコシティの『El universal』紙に音楽と芸術に関する著述を寄稿している。訪米を機に学んだ電子音については、『新しい音楽を目指して――音楽と電気』としてまとめている。

    1928年には、メキシコ音楽家ユニオンが設立した交響楽団の音楽監督に任命された。メキシコの作曲家も含め、世界中の作曲家の作品を初演した他、メキシコ各地の巡演にも努めた。ニューヨークやロサンゼルス、ブエノスアイレス、リマにも演奏旅行に行っている。

    1933年には、文部省事務局の芸術部長に任命されたが、政治的な理由により、翌年辞職している。

    6.関わりのあった作曲家

    1926年から1929年にかけてニューヨークに住んでいた頃、コープランド、カウエル、ヴァレーズらと知り合った。なかでも、ヴァレーズとは、国際作曲家組合(後のパン・アメリカン作曲家協会)で活動を共にしている。

    7.受賞歴

    レジオン・ドヌールのオフィシエ章、北極星勲章(スウェーデン)、王冠勲章(ベルギー)、イタリア連帯の星、アメリカ芸術科学アカデミーの名誉会員、アメリカ芸術文学アカデミー協会の名誉会員、国立芸術アカデミー(アルゼンチン)の名誉会員、メキシコ音楽学校及びメキシコ芸術アカデミーの創立者兼会員、国家芸術科学賞等の名誉を得ている。

    8.ピアノ作品

    1920年前後の作品は、ほぼすべてがピアノ作品となっている。これらには、ロマン派、なかでもシューマンの影響が散見される。また、メキシコの歌曲をピアノに編曲したものもある。

    《ピアノ協奏曲》(1938-1940)には、伝統的な3楽章の構成をとっているものの、慣習的なカデンツァはみられない。また、第2楽章は非常に短く、力強さを打ち出す第1・第3楽章の間で叙情的な間奏曲としての性格を際立たせている。この作品に多く見出される打楽器的なピアノの書法は、協奏曲に僅かに先行する《10の前奏曲》(1937)に通じるものがある。

    執筆者: 齊藤 紀子
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    作品(4)

    ピアノ協奏曲(管弦楽とピアノ) (1)

    協奏曲 (1)

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    ピアノ独奏曲 (3)

    ソナチネ (1)

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    曲集・小品集 (1)

    7つの小品 7つの小品

    作曲年:1923 

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    前奏曲 (1)

    10の前奏曲 10の前奏曲

    作曲年:1937 

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