リッチウス 1819-1886 Riccius, Angust Ferdinand
解説:上田 泰史 (1116文字)
更新日:2018年3月12日
解説:上田 泰史 (1116文字)
アウグスト・フェルディナント・リッチウス August Ferdinand Riccius 1819.2.26. ベルンシュタット生‐1886.6.4没 ドイツの作曲家。リッチウスが生まれたとされるベルンシュタットは南ドイツにある同名の町とは異なる、ポーランド及びチェコと国境を接するドイツ東部の地域ラウジッツの街ベルンシュタット・アム・アイゲンである。早くから音楽的才能を示し、9歳の時には既に愛好家の父が所属する同地の楽団でヴァイオリンやフルートを演奏した。同地の楽長シェーンフェルトSchönfeldという音楽家の指導を受け、ピアノ、オルガンも演奏するようになる。1833年、近隣の町ツィッタウに移り、同地のギムナジウムに通う。ここで文学を学ぶ傍ら、合唱協会に加わり、後に指揮を担当するようになる。この町で、彼はツィンマーマンZimmermanという音楽家から演奏の指導を受けたとされる。40年、リッチウスはライプツィヒ大学に入り、両親の意向に従って神学を専攻する。だが、音楽と学業の間で三年間逡巡した結果、音楽家になることを決意、独学で音楽の勉強を続け、音楽教師として生計を立てた。49年、リッチウスは同地のオイテルペ音楽協会の監督に選ばれ(この協会は、ゲヴァントハウス演奏会と共に同地を代表する音楽協会、24年に創設)、55年まで楽団を率いた。この年、リッチウスはユリウス・リーツJulius Rietz(1812~1877)の後任として、同地のコメディエンハウス(Comödienhaus)の指揮者に就任。64年にはハンブルクのオペラ座で指揮者を務め、批評家としても活躍した。 職業柄、リッチウスの創作の多くは声楽曲(歌曲、情景とアリア、カンタータ)、管弦楽(オーケストラのための序曲)に捧げられている。出版されたピアノ作品には以下のものがある。連弾用作品:《カプリッチョ》へ短調 作品1、《アレグロ・アパッショナート》作品41、ピアノ独奏曲:、《5つの易しい性格小品》作品2、モシェレスの作品49と同名の《メランコリックなソナタ》作品16、《5つの旋律的作品》作品25、《2つの性格的作品》作品33、《自由な時間に――12の作品》作品38。 参考文献: François-Joseph Fétis, « Riccius (Auguste-Ferdinand) », Biographie universelle des musiciens et bibliographie générale de la musique, vol. 7, Paris, Firmin-Didot, 1878, p. 244-245.