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ドゥルドゥヴェーズ 1817-1897 Deldevez, Edouard Marie Ernest

  • 解説:上田 泰史  (2131文字)

  • 更新日:2018年3月12日
  • エドゥメ(=マリ=エルネスト)・ドゥルドゥヴェーズ, Edmé(-Marie-Ernest) Deldevez, 1817.5.31. パリ~1897.11.6. パリ  フランスのヴァイオリン奏者、指揮者、理論家、作曲家。時計職人の家に生まれたが、家族に音楽家との交友があったことから、幼少より音楽に親しんだ。最初のヴァイオリン教師は発明家としても知られるジャン=フランソワ・シュドルJean-François Sudre(1787~1862)で、記譜原理に基づく人工言語開発の試みで知られる人物。ドゥルドゥヴェーズも彼の「音楽言語」メソッドで教育を受けている。1825年、ドゥルドゥヴェーズはパリ音楽院に入学、31年にソルフェージュで1等賞、33年にヴァイオリンで1等賞(アブネックに師事)、38年に対位法・フーガで1等賞(アレヴィとレイハに師事)、ベルトンHenri-Montan Berton(1767~1844)のクラスで作曲を学び、38年にカンタータ《ラ・ヴェンデッタ》でローマ大賞次席を獲得。この他、受賞には至らなかったがA. エルヴァール(1808~1877)のクラスで和声を学んでいる。40年、ローマ大賞の獲得に失敗したが、ベルトン師の助力で自作の演奏会が行われ、彼の交響曲、序曲、カンタータが上演された。  33年にヴァイオリンで1等賞を獲得して間もなく、ドルドゥヴェーズはオペラ座の第2ヴァイオリン奏者として雇われ、37年には第1ヴァイオリン奏者となった。また、彼は遅くとも33年から、師アブネックに呼ばれてパリ音楽院演奏協会のオーケストラでも演奏していた(正式な協会員になるのは39年で85年まで会員)。  指揮者としての経歴は、47年から始まる。同年4月から59年10月にかけてオペラ座の第3指揮者、59年11月から次席指揮者、次いで翌年3月、前任者ジラールが亡くなると主席指揮者に昇進。同時に、短期間、ジラールに代わりパリ音楽院演奏協会の指揮者も務めた。1870年6月にオペラ座を引退するも、普仏戦争後、指揮者ジョルジュ・アンルの死に伴い、73年6月に主席指揮者に返り咲き、72年にオペラ=ガルニエの落成を見て、77年まで指揮台に立った。また、アンルの死により、彼はパリ音楽院演奏協会の指揮者となり、85年まで指揮棒を振った。  教育者として、ドゥルドゥヴェーズは、1871年からパリ音楽院院長を務めていたアンブロワーズ・トマの下で73年10月に初めて創設された指揮科教授に選任され、85年10月まで教育に当たった。この年、彼は病に倒れたが、亡くなる前年まで音楽院の教育運営に携わった。  理論家ドゥルドゥヴェーズは、1860年代以降、多くの著作を執筆している。『古典音楽の記譜:現代音楽の記法及び小音符[装飾音符]一般の演奏における寄付との比較 La Notation de la musique classique comarée à la notation de la musique modern et de l’exécution des petites notes en général 』(1867)、『現代の調性システムに基づく音程と和音の教育原理』(同)、『指揮者の技法L’Art du chef d’orchestre』(1878)、『合奏についてDe l’exécution d’ensemble』(1888)。この他、バロックから同時代のヴァーグナーに至るまで、広い歴史的視点で編集された多数の編曲・校訂楽譜集がある。また、著述家として彼は、古典的作曲家評『音楽的好奇心Curiosités musicales』(1872)、『わが回想Mes mémoires』(1890)とその続編『「わが回想」の続編を成す今日についての過去 Du passé à propos du present faisant suite à mes Mémoires』(1892)を刊行した。  作曲家としてのドゥルドゥヴェーズは、3作のレクイエム、複数の宗教的合唱曲、賛歌、オペラ、歌曲を書いている。器楽では、3つの交響曲(作品2、8〈威厳ある様式で〉、15〈勇壮かつ喜劇的〉)、こんにち唯一レパートリーに定着している《パキータ》を含むバレエ音楽、コントラバスを伴う弦楽五重奏(作品22)、ピアノ三重奏曲(作品9、23)、2つの弦楽四重奏(作品10)、ヴァイオリンとピアノの為の複数の小品、および、ピアノ曲。作曲者がピアニストでなかったこともあり、ピアノ曲の割合はごく少ないが、〈過去〉、〈現在〉、〈未来〉の3曲からなる《3つの前奏曲》(1867)には、当時のパリ楽壇の世相、つまり、古典的音楽とワーグナーを旗手とする当時の「前衛」の共存が知的に描き出されている。 <参考文献> Gérard Streletski, « Deldevez, Edmé-Marie-Ernest », Dictionnaire de la musique en France au XIXe siècle, Paris, 2003, p. 369.

    執筆者: 上田 泰史 
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    作品(1)

    ピアノ独奏曲 (1)

    前奏曲 (1)