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グートマン, アドルフ 1819-1882 Gutmann, Adolf

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  • 解説:上田 泰史  (2145文字)

  • 更新日:2018年3月12日
  • グートマンはショパンの門人の中で、特にお気に入りの弟子だったことで知られている。ショパンの《スケルツォ 第3番》が「友、グートマンへ」捧げられている。ショパン作品の浄書などを引き受けていたピアニスト兼作曲家の友人で《2つのポロネーズ》作品40を献呈されたフォンタナを除けば、ショパンが男性音楽家の弟子又は友人に作品を捧げたのは、他に例がない。実際、ショパンとグートマンは、互いに「あなた(vous)」ではなく「君(tu)」で呼び合う間柄だった。このことからも、グートマンがショパンにとって音楽上、特別な存在だったことが窺がわれる。 ・生涯  グートマンはドイツのハイデルベルクに生まれ、おそらくドイツで最初の教育を受けたのち、1834年、10代の半ばで故郷を離れパリを訪れた。1836年には楽器製造者パープのサロンでショパン、パリ音楽院教授ヅィメルマンとその弟子アルカンの4人でアルカンが編曲したベートーヴェンの《交響曲第7番》を演奏していることから、この時既に、ショパンは演奏家としてもグートマンに既に大きな信頼を置いていたことが分かる。上述したショパンの《スケルツォ 第3番》を初演したのもグートマンである。  パリでショパンに5年間師事したグートマンはその間、自作品を人前で盛んに演奏することはなかったようだ。1838年にはベートーヴェンのトリオやウェーバーのピアノ曲など古典的な作品を演奏し、批評家からは「はっきりと演奏し、力強さよりも優美さを備えた」ショパンの弟子として紹介されている。40年代の後半から、グートマンは活発に演奏活動と作曲を行うようになる。ショパンの生前にパリで何度も演奏会に出演し、自作の『ウェーバーの「魔弾の射手」による大幻想曲』作品7(1844)などを演奏した。45年から46年にかけて、彼はショパンの推薦状を携えてベルリン、ドレスデン、ワルシャワ、サンクトペテルブルクへ演奏旅行に出かけ、各地を巡演している。  ショパンの生前、グートマンは10点あまりのピアノ曲を出版した(作品1から12)。このうち『10の練習曲』作品12はショパンに献呈された力作である。現在のところ作品60の《順調な航海(Heureuse traversée)》(1862)が確認されている限り最後の出版作品である。《四季》作品53が1860年出版であることを考えれば、後半生、作曲活動はかなり減速したと見られる。彼は1882年、イタリアのスペッツァで没した。 ・補足:ピアニストとしての評価  ショパンが珍しく信頼を寄せた友人・音楽家でありながら、グートマンが無視されてきた一因は、ショパンの他の弟子によるネガティヴな評価が少なからず関係している。ショパンの弟子のミクリや友人レンツはグートマンの力強い演奏をショパンの流儀に反するものとみなし、辛辣な言葉を残している。とくにレンツはショパンが根本的に思い違いをしているという趣旨の言葉さえ残している。確かに、グートマンの力強い演奏は1844年、パリの批評家ブランシャールにもショパンのよりもリストのライバルとして有名だったタールベルク(1812~1871)に近いという印象を与えた。しかしこれは特にタールベルク風の手法で書かれた『ウェーバーの「魔弾の射手」による大幻想曲』作品7の演奏に対する個別的見解であることは考慮しておく必要がある。 譜例:グートマン《ウェーバーの「魔弾の射手」による大幻想曲》作品7より  赤丸で囲った主題旋律を中音域に置き、音域の広いアルペッジョでこれを取り囲む手法は、タールベルクが1830年代に発展させた。  実際、1847年、同じ批評家はグートマンがショパンの協奏曲や自作を演奏するのを聴いて、「グートマンはおそらくショパンの卓越したメソッドを証明した」と正反対の見解を述べ、当時の音楽界の一流の音楽家であると絶賛している。ショパンの弟子たちによるグートマンへの批判的態度は、彼がショパンに贔屓にされていることへの嫉妬心の表れという側面があったとしても不思議ではない。 【参考文献】 - Henri Blanchard, "Concerts", La Revue et Gazette musicale, 5e année, no 16, 22 avril 1838, p. 167. - Henri Blanchard, "Coup d'œil musical sur les concerts de la semaine", La revue et gazette musicale, 5e année, no 11, 24 mars 1844, p. 104. - Henri Blanchard, "Coup d'œil musical sur les concerts de la saison", La revue et gazette musicale, 14e année, no 14, 4 avril, 1847, p. 117. - ジャン=ジャック・エーゲルディンゲル『弟子から見たショパン――そのピアノ教育法と演奏美学』、米谷治郎、中島弘二訳、東京:音楽の友社、2005年。

    執筆者: 上田 泰史 
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