ジャン・クラ唯一のハープ独奏曲。出版譜に「ハープまたはピアノのための」と明記された正規のピアノ曲でもある。クラがハープの可能性に強い関心を寄せ、試行錯誤を重ねた時期の所産。クラの粘り強い取り組みはこの後も続き、「二重奏組曲」Suite en duo(fl, hp または vn, pf / 1927)を経て、ついに畢生の傑作「五重奏曲」(hp, fl, vn, va, vc またはpf, 2vn, va, vc / 1928)に結実することとなる。クラはほとんどの作品を、海軍士官として世界中を航海する任務の合間を縫って軍艦の上で書いたが、本作も例外ではない。出版譜の末尾に「ロリアン湾、ラモット=ピケ号の船内にて1925年12月3日」(Lorient, à bord du Lamotte-Picquet, 3 Décember 1925)との記載がある。緩・急の2曲よりなり、切れ目なく連続して演奏される。第1曲(Lent, 4分の3拍子 変ニ長調)は果てしなく広がる水平線、大海原、穏やかな凪から厳しい波涛まで、刻々と移ろう海の様相を想起させる。ジャン・ジュネが「ブレストの乱暴者」で鮮烈に描いた軍港の町ブレストに生まれ育ち、人生の大半を海と共に過ごしたクラらしい曲。第2曲(Animé, 4分の4拍子 ホ長調)はクラの愛した故郷ブルターニュの野趣に富む歌と踊りででもあろうか。クラは陸に上がれば一男三女の父、よき家庭人でもあった(次女コレット・クラはピアニストで、のちにタンスマンの妻となった)。当時のフランスを代表するハープの名手、ピエール・ジャメへの献呈。初演はジャメにより1927年6月1日、独立音楽協会(SMI)演奏会にて。ピアノでの演奏にあたっては、まず本作に一貫する雄大なスケール感と躍動感の表出につとめたい。そのうえで、ピアニスティックでない個々の箇所の解決は、演奏者各自の裁量、工夫に委ねられてよいのではないか。世界的に再評価の機運著しいクラ作品への入り口ともなり得る名作。