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ショパン :舟歌 嬰ヘ長調 Op.60

Chopin, Frederic:Barcarolle Fis-Dur Op.60

作品概要

楽曲ID:543
作曲年:1845年 
出版年:1846年 
初出版社:Leipzig, Paris and London
献呈先:Baronne de Stockhausen
楽器編成:ピアノ独奏曲 
ジャンル:舟歌
総演奏時間:9分30秒
著作権:パブリック・ドメイン

ピティナ・ピアノステップ

23ステップ:展開1 展開2 展開3

楽譜情報:8件

解説 (2)

執筆者 : 朝山 奈津子 (1731文字)

更新日:2008年7月1日
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「舟歌(バルカロール)」はヴェネツィアのゴンドラ漕ぎの歌に由来するといわれている。8分の6拍子で軽快な動きを伴うが、どこか感傷やもの悲しさを含んでいるのが多くの「舟歌」の共通点である。しかし、これをジャンルとしてその伝統を辿ることはほとんど不可能である。おそらく流行の始まりは19世紀のオペラにこの種の歌が好んで用いられたことにある。ピアノのための作品としては、メンデルスゾーンが『無言歌集』所収のものを含めて3曲を残したほか、ショパンのものが最大規模かつ最高の佳作である。また、フォーレは13曲を書いていることから、ジャンルとして「舟歌」に取り組んだものと考えられる。しかしそれ以降は再び散発的な作品に留まっている。「舟歌」はジャンルと言うよりは、19世紀中盤から20世紀にかけて長く流行した性格小品のひとつというべきだろう。

ショパン《舟歌》は、いっけんすると、ロンド風に冒頭主題が繰り返し現われ、合間にさまざまなエピソードが挿入されているように聞こえる。そのため、ヴェネツィアの街を小舟で巡る――たとえば繰り返し回帰する主題は、「大水路」の風景に相当する、といった――風景描写的な解釈も可能であろう。しかし《舟歌》は実は、ショパンの中でも整った形式を持ち、優れて精緻な主題労作が施されている。

各セクションは、次のように区分できる。

小節番号

セクション

調

1-3

序奏

Fis: 主調

 

 

 

4-16

第1主題

Fis: 主調

17-23

間句

 

24-34

第1主題(確保)

 

 

 

 

35-39

間句

Fis-A 主調から同主短調のiii度長調へ

 

 

 

40-50

第2主題前半

A:/fis:

51-61

第2主題前半(確保)

 

62-71

第2主題後半

A:

 

 

 

72-77

間句

Cis: 属調

78-83

挿入句

 

 

 

 

84-92

第1主題(再現)

Fis: 主調

93-102

第2主題後半(再現)

 

103-110

第2主題前半(再現)

 

111-116

終結句

 

つまり、複数主題の提示、ブリランテなパッセージワークによる中間部、主題の再現という、ショパンがもっとも多用する三部形式の一種である。しかしこの作品では、中間部がひじょうに縮小されている上、美しい旋律に依存するような単純な反復ではなく、巧みな主題が配置がなされている。

第1主題と第2主題前半は、絶え間ない8分の6拍子のオスティナート・リズムに攪乱されるが、音楽内容はきわめて対照的である。調は同主短調に移る。また、第1主題が下行形旋律であるのに対し、第2主題前半は上行形である。第2主題後半は調以外には前半とそれほど明確な繋がりはない。この主題が持つ華やかさは、ここではまだ音量によって抑えこまれている。

中間部では、わずか5小節ながら、8分の6拍子の刻みが一瞬やんで、拍節リズムに収まらない自由な時間の流れになる。しかしこの部分は単に、異なる時間の流れを意識させるに留まり、ショパンの中間部特有の旋律美を聴かせるには至らない。

再現部は、第1主題の変奏から始まり、一瞬の休符をクライマックスとして完全終止し、主調のまま第2主題後半へ突入する。続く第2主題前半の再現は、後楽節のみを用い、ときおり同主短調の響きを覗かせつつ、壮大な物語を終わりへと導いていく。ここはすでにコーダの領域であり、第2主題後半の壮麗な回音型動機で最高潮を形成し、前半後楽節の多層的で下行形の動機によってそれを収束させている。こうした動機の使い方は実に見事という他はない。

このようにみると、ショパンの《舟歌》はフォーレのそれとは異なり、抒情的な音楽というよりはむしろ、《スケルツォ》や《バラード》と同種の疑似ソナタ形式による物語的な音楽である。しかしそれが硬直した図式に陥らないのは「つなぎ」の巧さにある。序奏の3小節や第35-39小節の間句、各セクションの始まりを告げる重音トリルなどは、全体の動機労作とほとんど関係ないからこそ、わずか数小節で聴き手の耳を捉え、音楽の雰囲気をがらりと変化させてしまう。全体は自然に流れ、あたかも羅列的に、あるいは抒情的に聞こえるのである。この作品こそ、物語性と抒情性とを見事に融合させたショパン晩年期の最高傑作のひとつと呼ぶにふさわしい曲である。

執筆者: 朝山 奈津子

演奏のヒント : 大井 和郎 (2625文字)

更新日:2018年3月12日
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